「待つ」ということ

「待つ」ということ
鷲田清一
角川選書

「わたしの行為の、あるいは発言の、どれひとつしてだれにも待たれることがないという事態に、おそらくひとは耐ええない。親を、友人を、恋人を、ひとが終生求めつづけるのは、「待たれる」ことがじぶんの存在の最後の支えのひとつになりうることを知っているからである。」

人が何か希望を持ち、それが叶うまでの状態を「待つ」と呼ぶならば、人生のあらゆる場面で人は「待つ」ことになる。
「待つ」ことは希望が叶わないことも多い。人は待ち切れなく結果を求めて行動をし、待つことに疲れあきらめ、待つことを忘れてしまう。

本書では「待つ」ことから発生する様々な思いを哲学的に考察して、その意味を捉えなおしていく哲学エッセイです。「待つ」ことが持つ可能性、「待つ」ことによる救いへ。

※『山學ノオト3刊行記念フェア』 ルチャリブロさん推薦本です。
※とほん店主もおすすめです(ちょっと難しいけど)

ー−−KADOKAWA紹介文ー−−
現代は待たなくてよい社会、待つことができない社会になった。現代社会が失った「待つ」という行為や感覚の現象学的な考察から、生きること、生きていることの意味に分け入る、臨床哲学からの哲学エッセイ。

発行:KADOKAWA
仕様:四六判 200ページ
発売日:2006年8月30日
販売価格 1,540円(税140円)
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